Delicious Cinema Vol.4 「おいしいほど、いたい」

「Delicious Cinema – おいしい映画」第四弾公開!

映画の楽しみ方は人それぞれ。落ち込んでる時に元気を出すために観る時もあれば、気になるあの子をデートに誘う口実に使う時もある。

“Delicious Cinema”単においしいと言っても色々な要素がある。今回”saya”氏が紹介する3本の作品があなたにとって心満たされるおいしい作品になればと思う。

「Delicious Cinema -004-」Guest columnist “saya”

saya
https://www.instagram.com/saaaaaaaaaaya/

映画に埋もれることで福岡への想いをごまかしながらも、この上なく文化的に期間限定の東京生活を送っています。
“ただの食事” ではなく、「ふたりの関係」にそれぞれ意図をはらんだ、印象的且ついかにも美味しそうなメニューがそそる3作を選びました。どれもおうちで作りやすい、ステイホーム向けの空腹感を誘発。あと、出てる人の顔が好き。

アデルのボロネーゼ – アデル、ブルーは熱い色(2014)
La Vie d’Adèle : Chapitres 1 et 2

私の最も好きな女優、レア・セドゥが美しいブロンドから透き通るような青色ショートヘアに変貌。

通常は作品に対して贈られるカンヌ映画祭の最高賞(パルムドール)を、監督とさらに主演女優の二人まで受賞した異例の一作で、もう、ものすごいR18、しかし食べ物を前にすれば主人公アデルのあどけなさが丸出しに。お腹がすく映画ランキング第1位。

ナイフを使って食べている…

いつも半開きの唇が可愛い高校生のアデルにとって、作中何度も登場するたっぷりのスパゲッティボロネーゼは母の味。見入ってしまうのはとても上品とは言えないその食べっぷり。無心に食べ続けてとにかくこちらの食欲をそそる。
たとえデートの相手が学校のかっこいい男の子であろうと、美しく食べようという気はまるで見られない。そこにあるのは欲。たくさん食べ、二つの意味ですぐ寝て、しょっちゅう泣く。人間の欲求赴くままに動くアデルは横断歩道ですれ違った青い髪の女性に恋をする。

ナイフ舐めちゃうくらいおいしい、そしておかわりを要求

アデルは保守的な両親に対してエマを友人だとしか紹介できない。

画家としての生活を不安視されれば、実業家の彼氏がいるから大丈夫。と穏やかな嘘をついてやり過ごすエマに振る舞われたのもボロネーゼだった。娘の”ともだち”をもてなす母の十八番、英語の字幕ではKing of Bolognaise! とされている。

一方、裕福で寛容なエマの家族に”エマの恋人”として迎え入れられるアデルのためには、白ワインとともに新鮮な生牡蠣が調達されていた。二つの静かな食事シーンによる対比は、二人が”違う”ことの表れ。これが終盤までじくじく痛むように尾を引く。仕方ない。

アデルがエマの友人たちに作った母の味、家庭的な女性に育ってしまったことを表すシーン

社会人になったアデルは大勢の客人に自らこのパスタを披露する。大きな大きな鍋になみなみと煮込まれたミートソースに、チキンとツナとエビ(アデル談)の包み揚げのような手の込んだものも作ってあって、たまらない。IMAX4DXで匂いを嗅ぎたい。

変わらずあのボロネーゼを食べ続けて大人になっていくであろうアデルにとってそれは”いつものごはん” であって、エマとの思い出の食べ物ではない。きっと特別な思いを植え付けられたのはエマと、観ているこちらだけ。忘れていたあざを不意に撫でられるようなボロネーゼの記憶

ふたりの好みじゃないステーキ – 花様年華(2000)
In The Mood For Love

敬愛するウォン・カーウァイ監督作品は魅力的なメニューが目白押し。

「マイブルーベリーナイツ」のジュード・ロウ特製ブルーベリーパイをロマンチックなあのシーンと共に覚えておられる方は多いのでは。「恋する惑星」のデリや「ブエノスアイレス」など、飲食店が舞台になることもしばしば。ここでは私の大好きなトニー・レオンと、完璧な体型で着こなすチャイナドレスの数々が眩ゆいマギー・チャンの「花様年華」より。狭くて派手なインテリアと、イギリス統治下らしいテキスタイルで襟の高さが特徴的な60年代のチャイナドレス(計21着)がどれも本当に素敵。日本版ポスターのくせに珍しくイケてるのがウォン・カーウァイ映画。

屋台でテイクアウトの行き帰りに度々すれ違う、隣同士に住むふたり。ツイードのチャイナドレス!

住宅難だった時代の香港、夫と二人でマンションの一室に間借りを始めたリーチェン(マギー・チャン)。同日、隣の家にはチャウ(トニー・レオン)とその妻が同じく間借りで引っ越してくる。近所の屋台でテイクアウトする文化が根付いているようで、仕事帰りのリーチェンも毎回大きめの魔法瓶を持参。中身はスープ?麺?何度も通うのに一向に見せてくれない。惹かれる。

ここでふたりがコーヒーを飲むカップ&ソーサーとステーキのプレートはFire Kingのジェーンレイ。翡翠色の小道具が多用される

とある理由から隣家の妻、リーチェンを食事に呼び出したチャウ。

種類は違うがそれぞれ大きなステーキを、不似合いなほど美しい翡翠色のお皿の上で切り刻むふたり。たまにマスタードを付けたりして、淡々とステーキを食べるシーンが約2分も続く。チャウは代わり映えのしないスーツ姿だが、リーチェンはチャイナドレスの柄が何度か変わることから、ふたりは会合の度に同じ店の同じ席で同じステーキを食べていることがわかる。ただ、好き好んで食べているわけでないのは明らか。なぜ毎回同じステーキを食べているのか。

お皿からはみ出しそうなお肉、美味しそうに焼けている

連載小説家となったチャウの部屋で執筆作業中、そこでついにテイクアウト用魔法瓶の中身が判明する。つぎ分ける際に一瞬だけ映る肉団子のようなものが入った麺… 夜遅くに食べる麺、美味しいだろうな。ひとつのちまきをふたりでつついたり、その名前だけで描写は一切出てこない黒胡麻のお汁粉を作ったり(チーマーウーと呼んでいた)、こんなにB級中華料理スイッチが疼く純愛映画があるか。個人的には「恋する惑星」を観たあとにパイナップルの缶詰を買ってしまう現象ならある。若く美しい金城武が哀しく爆食いするあれ。

ちまきをシェアするふたり。ランプに照らされているのが屋台用の魔法瓶

秘密を共有することで繋がるふたりの関係は切なくも可愛い。一緒に食事をとる姿をずっと見ていたい。

ふたりがプラトニックなのか否かを探りながら観るのもやめられない。でも見えないくらいがちょうど良い。おそるべしウォンカーウァイ。

ちなみに花様年華は、英BBC(日本でいうNHK)が選ぶ「21世紀最高の映画100本」で第2位にランクインしている。21世紀はあと80年もあるのに。

腹ぺこさん、変態の扉を開く – ファントム・スレッド(2017)
PHANTOM THREAD

イギリスらしい朝食で始まって、助演俳優賞に値するマッシュルームオムレツで結ばれるふたり。

ダニエル・デイ=ルイスは歴代最多、三度のオスカー受賞歴を誇る超名優。ダントツでセクシーなお洒落おじさんなのに、悲しいことに今作を最後に二度目の引退をして現在はアイルランドの山奥などで隠居なさっている。毎度の役作りは入りこみまくって何年でも費やしてきた超完璧主義者。

監督のポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)は先述のウォンカーウァイと並んで大好きな偉人。過去作の幅が広く、ぶっ飛びがちで頭おかしい人たちのお話を得意としている。映像がすごくかっこいいのでミュージックビデオもたくさん撮っていて、実は彼もとにかく何にでもこだわってしまう超完璧主義者。ちなみに奥様はミニー・リパートンの娘。

そしてPTAの映画音楽は、私の愛してやまないRadioheadのジョニーグリーンウッドが作ることが多い。「ファントムスレッド」のサントラは、その「頭おかしい」感を際立たせるために作られた全編クラシックなとにかく美しい名盤だった。さすが神童。

そんな三人が本気を出した今作、映像も音楽もとにかく美しくて素晴らしい映画なのに、どうジャンル分けしていいのかわからない。ミステリーでドラマでサスペンスでラブストーリー、もしかしたらラブコメなのかも。もしかしたら、観る人によってジャンルが変わるのかも。

若い娘にアピールするため、とんでもない量の朝食をオーダーする

−超高級メゾンのデザイナーであるレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)は、完璧主義の天才だがトーストにバターを塗る音すら許せないほど繊細で、ルーティン化された日常が崩されることを何より嫌う重度のマザコン。朝食に寄った田舎のホテルで、素朴でキュートなウエイトレスを見つけた堅物は思わず満面のにやけ顔で注文をする。

「ウェルシュラービット(チーズソースのトースト)、柔らかすぎないポーチドエッグを乗せて、ベーコンも。あとスコーンとバター、クリーム、いちご以外のジャム。ラプサン(お茶)、そしてソーセージ。注文のメモを見せて。もう覚えた?ではこれはもらっておく。」

きちんと覚えてたっぷり運んできたウェイトレスを夕食に誘うレイノルズ。

彼女はポケットからもう一枚メモを差し出して去る。

「腹ぺこさんへ。私の名前はアルマ。」

PTAはこんなときめきも撮れるのだ。素敵な恋の始まりランキングを作るなら迷わず1位に選びたい。

“For the Hungry Boy”というタイトルは例のサントラにも入っていて、聴くたびにこの美しいシーンを思い出せる。結局大量の朝食はほんの一瞬見えるだけなのに、ネット上では「ファントムスレッドのあれを作ってみた」系レシピが散見されるので、みんな食い付いてたんだな。

レイノルズが見初めたアルマはドレス作りに完璧な体型をしていて、彼女は彼を愛した。

意欲を掻き立ててくれる体型の女と、平凡な自分の容姿を正しいと思わせてくれる男。

まだ若いアルマは互いの愛情の大きさに差を感じるが、不器用な我の強さはレイノルズの平穏を乱すばかり。

どうすれば私なしでは生きていけない男になるのか。お城にやってきた田舎のシンデレラはどんなお伽話のお姫様よりも賢かった。健気な試行錯誤の結果辿り着いた問題のオムレツは、ふたりの愛と関係性を決定的なものにしてくれる。

アルマのラブが詰まった半熟オムレツ追いバターつき

−レイノルズのためにバターたっぷりのマッシュルームオムレツを作る工程は、具を刻むところからテーブルのお皿へサーブされるまで、ご丁寧なレシピ動画のように撮られているので再現しやすい。

ここで、監督と主演と作曲のおじさん達3人の変態っぷりを突然投げつけられる。眉間にしわが寄って鳥肌が立つ、わかりやすくぞっとした。最果てのレベルに達した変態を見るとこんな気持ちになるんだな。でもこのオムレツを食べることで、レイノルズは16歳の頃自らに縫い付けた呪いから解かれる。キスで目覚めるお姫様みたいに、アルマが呪いを解いてくれる。だから頭おかしくたっていいのよ、男はみなマザコンであれ

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